定年本あれこれ
定年前後になると書店に売られているいわゆる「定年本」が妙に気になります。定年後の生き方は人それぞれなので標準的な「型」を求めてもしょうがないのですが、つい書棚から本を抜いて手に取ってしまうという方もいるかもしれません。
定年後の三大テーマはお金(経済)、健康、趣味(生きがい)とほぼ決まっているようです。いずれの定年本もこれらのテーマを中心に著者がそれぞれの持論を展開していますが、これが結構読み手を悩ませます。例えば次のような感じです。
「定年後は新しい趣味を始めよう。」 「いや、60過ぎてから無理に新しい趣味をつくっても続かない。50代から趣味をつくっておこう。」
「地域コミュニティにデビューしよう。無冠の一人の人間として地域でのつながりをつくろう。」 「いやいや、地域社会は企業社会と全く違うので定年後に入ることはむつかしい。近づかないほうが無難だ。」
「現役時代のメンツや会社名や会社での役職にこだわらずに新しい人間関係をつくろう。」 「いやあ、いきなりそう言われても40年近く過ごしてきた会社員生活で身に着けてしまった考え方や行動パターンはそう簡単に変わらないさ。20年も管理職をやっていると上から目線がつい出てしまうんだ。」
「お金が一番心配だが今更どうにもならない。年金も少ないし将来どうなるかわからないので、足りない分は働いて稼ごう。」 「いいや、年金は破綻しないのでお金のことを心配する必要はないよ。」
「生きがいと言われるけれど、これまで仕事が唯一の生きがいで、自分の存在理由だった。会社を辞めた今新しい生きがいなんて見つかるはずがない。」 「そんなことないさ。単にそう思い込んでいるだけで、たいていの人は実はたいした仕事はしてきていないのだし、生きがいなんか探さないで定年後はただ家でゴロゴロしていてもいいじゃないか。」
定年本に書いてある一般論はあまり役に立たないし、「充実した生活」とか「生き生きした老後」というのもことばだけのものなので、基本は自分の好きにすればよいのでは、というちょっと冷めた受け止め方もできます。定年本に書かれていることは、結局大企業や中堅企業でそれなりの処遇を得て長い間仕事をしてきた人たちの話でしょう、自分には関係ないという穿った見方もありそうです。
たいていの企業人はどこの会社で働いているかが自分のアイデンティティで、会社と家を往復する日々の生活が自分のライフスタイルとなり、会社でいっしょに仕事をする人とのつながりが自分の人間関係のほとんどを占めます。この3つが定年とともに大きく変わっていく。定年本をいくら読んでもこの変化への対応方法を学ぶことはできないかもしれません。
変化を止めたり、失ったものをすくいあげようとするのは結構難しい。それよりも、新たに何かを少しずつ積み上げていくほうがずっと現実的な処方箋だと思います。