定年小説

世の中に「定年本」はあまたありますが、定年した人が主人公となっている「定年小説」というのはそれほど多くないかもしれません。

比較的読まれていそうな3つの「定年小説」を読み比べてみました。まず重松清の『定年ゴジラ』(講談社、1998年刊行、2001年文庫化)、次に渡辺淳一の『孤舟』(集英社、2010年刊行、2013年文庫化)、そして内館牧子の『終わった人』(講談社、2015年刊行、2018年文庫化)の3冊です。

『定年ゴジラ』が刊行された1998年は65歳以上の高齢者の割合(高齢化率)もまだ20%以下でした。『終わった人』が出た2015年には団塊世代が65歳以上の高齢者となり、少子化や高齢化の進展が大きく取り上げられる世の中になっていました。

それと関連するのかどうかはわかりませんが、『終わった人』はかなり読まれているようです。文庫版の1刷が出てから現在までの刷数を比較すると、『定年ゴジラ』は2001年2月から2021年7月までで51刷、『孤舟』は2013年9月から2021年3月までで6刷です。それに対して『終わった人』は2018年3月から2021年6月までで15刷、2018年に映画化されたことの影響も大きかったのでしょう。

「ねたばれ」にならない程度にそれぞれのあらすじを簡単に紹介しておきます。

『定年ゴジラ』の主人公は元銀行員。高校を卒業して入行した大手銀行に42年間勤務した勤勉、実直な会社員で、最後の5年間は関連会社に取締役として出向、定年退職後1か月というところから話が始まります。開発から30年経った東京郊外のニュータウンの戸建てに住み家族は妻と娘2人、長女は既に結婚。退職後は自宅近くをウォーキングする中で、同じニュータウン内に住む同年代の定年退職者と4人組のつながりを築くようになります。ちょっとした出来事がいろいろ起きたりはするものの、定年を迎えた主人公の時間はあるけれどそれほど退屈はしていない、穏やかな日々が描かれています。

『孤舟』の主人公は元大手広告代理店の執行役員で在職中はエリートコースを歩いてきた人。定年2年前に小さな子会社の社長のポストを内示されたものの断り、60歳で退職してから1年半が経過したところから物語が始まっています。家族は専業主婦の妻とそれぞれ別に暮らす娘と息子。住まいは二子玉川の4LDKのマンション。飼い犬の散歩だけでは飽き足らず、カルチャースクールや碁会所に様子見に行ったり、採用面接を受けて断られたり、出会い系サイトで紹介された女性と食事を共にしてみたり。妻はいつも自宅にいる夫にいささか辟易。そんなストーリーが展開していきます。

『終わった人』の主人公は地方の名門高校から東大法学部へ進みメガバンクへ就職。順調に出世し役員候補とも言われながら50前後で小さな関連会社に取締役として出向、その後転籍して63歳で退職。家族は妻と既に結婚している娘で、住まいは妻が父親から相続したマンション。妻は40歳を過ぎてから美容学校に通い美容師として働いています。時間を持て余した主人公はジムに入会し、映画館やデパートに足を向け、カルチャースクールでは女性との出会いもあります。頼まれてIT企業の顧問となってから人生が大きく転回。そして郷里の高校の同級生との出会いをきっかけとして退職後の人生が新しいステージに入ります。

定年直後の人には「あるある」だったり、逆に小説とは言えあり得ないと思えることも起きます。定年後数年がたったシニアにとっては読み物としては楽しめるものの、主人公たちのような時期はすでに過去のものとなっていて、「そんなもんだよ」という感じかもしれません。

3人の主人公の生き方はそれぞれですが、定年後に「何」をするかということよりも、家族以外の「誰」とつながるかがシニアの人生に大きく影響するのではないかという気がしました。『定年ゴジラ』では自分が住む地域コミュニティの人たち、『終わった人』の主人公は郷里の同級生たち。『孤舟』の主人公には家族以外にこのような存在が最後まで登場しませんでした。

やっぱり仲間がいたほうが元気になれそうです。

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